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メトセラの誕生(洪水の裁きの幕開け)

 胸の中で泣きじゃくる、愛くるしい赤子を見つめるエノクの瞳には、緊張と哀れみとが入り混じった複雑な感情が流れていた。彼の年は65歳。彼は子供の名をメトセラと名づけた。

 「メトセラ」、「この子が死ぬときに裁きが来る」という意味だ。なぜ彼は愛する息子にこのような残酷で恐ろしい名をつけたのか。

 メトセラが生まれた当初、エノクは神の特別な啓示を受けていた。世の終わりの日に関する大洪水の裁きの啓示であった。そこには、生まれて間もない息子の運命も含まれていた。「この子が死ねば、世の裁きが来る」という恐ろしい啓示。あまりに残酷な名前を息子に付けると同時に、エノクは人生の大転換を迎える。その時から彼の人生は、神と完全に一つとなった歩み(ヘブル語:「自分の意思を神に隷属させて、後について共にいく」という意味)となった。愛する息子の名を呼ぶ度に、彼は恐ろしい裁きのメッセージを思い起こし、罪から離れ、世の裁きを警告する人生を歩んだのである(ユダ1:14-15)。


メトセラ187歳、息子レメクの誕生

 「世の終わり」という意味の名前で呼ばれ育った子。父エノクの敬虔な姿を見ながら育ったメトセラは、187歳になった年に息子レメクを生んだ。それは父エノクが252歳の年である。エノクとメトセラ、レメクの3世代は、敬虔なエノクの教訓の中で信仰の家門を成して行く。


メトセラ243歳、アダムの死

 メトセラが243歳になった年に衝撃的な出来事が起きる。8代祖アダムの死だ。すでにエデンの園で罪により死刑の宣告を受けていたアダムではあるが、死の運命がついに訪れたのがその歳930歳、9代目の子孫レメクが56歳になった年であった。堕落以前、美しさで満たされていたエデンの園と、女のすえを通して成される罪からの回復という希望をアダムから直接聞いてきた子孫たちにとって、アダムの死は「死」という人類の宿命に対する悲痛な結果を実感する事件であった。


メトセラ300歳、父エノクの変化

 神と共に歩んだ父エノクが365歳になった年、彼は死を見ずに天にあげられた。「罪を犯した人類は死の運命を受け入れるしかない」という事を示したアダム、そして「神と共に歩めば死を見ることはない」ということを身をもって示したエノク。この対局する2つの事件を目の当たりにし、この地に一人残されたメトセラは、父に名づけられた自分の名前の意味を真剣に考えたはずだ。


メトセラ369歳、ノアの誕生

 ついにメトセラが祖父となった。息子レメクが孫であるノアを生んだのだ。「ノア」の意味は「義人、平安を与える者」。この世を生きる中で抱える苦痛、人間の弱さを実感したレメクの悩みと訴え、希望が込められた名前である。


メトセラ890-900歳頃、ノアが箱舟を建てる命令を受ける

 長い歳月が過ぎた。7代祖であるセツ、6代祖のエノス、5代祖のカイナン、曽祖父マハラレル、祖父ヤレドが順に神によって天に召されていった。孫であるノアからは3人の息子セム、ハム、ヤペテが生まれた。

 曽祖父マハラレルが895年、祖父ヤレドが962年を生きたため、900歳近くになったメトセラも、過ぎ去った歳月を振り返りながら人生を終える準備をする時であった。しかし、彼は先祖たちのように安らかに目を閉じることができない運命であった。父エノクが名づけた名前、「メトセラ」。生涯自分の人生を支配してきた神の啓示はいったいどのようにして成し遂げられるのか。ますます罪がはびこる世の中を見ながら、恐ろしさと緊張を感じて過ごさなければならない日々…。そのような時、神が孫であるノアに箱舟を造るように命令を下された。


メトセラの晩年70-80年

 軽蔑や冷やかしの中で箱舟を造るノアの家族たち。親戚たちも顔を背け非難する中で、ノアの姿を見つめる祖父メトセラだけは箱舟の建築に力を貸した事だろう。ノアに力と勇気と希望を抱かせ、彼らを励ましたはずだ。メトセラの心は、ノアの叫びに耳を傾けない世の中に対するもどかしさと悲しみであふれ、どれほど辛かった事だろうか。

 それまで最も長生きした祖父ヤレドが962歳を過ぎても、メトセラはまだ生きていた。964歳になった年に息子レメクもこの世を去った。息子よりも長生きしたメトセラ。彼は自分の長寿が何を意味しているのかを知っていた。「この子が死ぬ時に裁きが来る…」。太陽が昇り一日が始まるたびに、彼は罪にあふれた人類に対する裁きを一日、また一日と延ばし、耐えられ、悔い改めることを待ち望まれる神の憐れみと恵みを感じて涙した事だろう。


メトセラ969歳、そして…

 孫であるノアが600歳、ひ孫のセムが98歳になった年。

 「この子が死ぬ時に裁きが来る」という名前で一生呼ばれ、「最初の人」アダムの死と父エノクの変化と昇天を目撃したメトセラが、ついにその長い生涯の幕を閉じた。

 そして、その年の2月17日。洪水が起こり、不敬虔なすべての者たちが絶滅した。


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