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2015.12.14 09:27

創世記4章26節の「主の名を呼んだ」とは、すなわち「公的な礼拝が始められた」ことを意味します。この創世記4章26節は、新翻訳聖書(韓国訳)で「セツも子を生み、子の名をエノスと言った。その時はじめて、人々は主の名を呼んで礼拝を始めた」と訳されています。これはアダムの堕落後の235年間、まったく供え物が捧げられなかったということではありません。何故なら、その間カインとアベルによって供え物が捧げられているからです。では何故ここで「はじめて主の名を呼んだ」と言われたのでしょうか。それは彼らを通して、神に正しく仕える規則的な礼拝生活が始められたためです。神学者たちは、このエノスの時を「神の臨在を渇望する礼拝の根本的な精神と姿勢が確立された時」と述べています。これは自分の意志を捨て、神の統治を100パーセント受容するという姿勢であり、またその当時の罪悪が広がりつつある危機的状況から、速やかに救い出してくださるように訴える姿勢でもあります。
カインの子孫たちが、自らの知恵と力に頼り、世俗文化に心酔している時、敬虔なセツの子孫たちは、神に立ち返り、自らへりくだり、神により頼み、神と交わる礼拝を築いていきました。
| 番号 | タイトル | 閲覧数 |
|---|---|---|
| 76 | ノアは「第2の人類の先祖」 | 668 |
| 75 | 2代セツ‐身代わり者、代替、固定された者、基礎または土台 | 665 |
| 74 | レメクが生んだノアの兄弟たち | 664 |
| 73 | 罪悪の都市、エノクの町 | 664 |
| 72 | カイン系列「レメク」の歩みⅠ - 神聖なる結婚を堕落させた A | 655 |
| 71 | エノクの昇天 | 646 |
| 70 | 神の友 | 644 |
| 69 | セムの神、主はほむべきかな | 644 |
| 68 | リウ-人間的な友の関係 | 640 |
| 67 | 神の領域の拡張 | 640 |