メシアを待ち望むレメク

2016.08.28 20:08

閲覧数:132

5c32fae24fbc13619da74b8a419c15b2.jpgレメクはメシヤを切に待望しました。

 レメクは人類が置かれた悲しい状況が終わり、速やかにエデンが回復することを願いました。誰かが人間に宣告された死を終わらせ(創3:24,4:16)、もとの状態に回復する道を開いてくれるよう望んだのです。人生の疲れ、人間の弱さを悟り、ついに自分の子の誕生をきっかけに、すべての人に神の真の平安と慰めが実現するよう願ったのです。したがって創世記5章29節のレメクの告白は、メシヤを渇望する切なる願いであり、同時にすべての人類に与えられる喜びの知らせを望む告白でした。
 パウロの告白のように「それは、キリストの苦難がわたしたちに満ちあふれているように、わたしたちの受ける慰めもまた、キリストによって満ちあふれる」(Ⅱコリ1:5)と望んでいたのです。
 レメクの子ノアは、絶望の中にある人間たちに新たな始まりを約束する「すべての慰めの神」の贈り物として(Ⅱコリ1:3-7)、神から遣わされてきたイエス・キリストを示します。この地に真の平安と安息をもたらせる方はイエス・キリストです(イザヤ9:6,ヨハネ14:27)。レメクの信仰告白の中には、メシヤを待望する心が炎のように燃えていたことを見ることが出来ます。


レメクはアダムから10代の中で、最も短い歳である777歳を生きたのです。 

 レメクはアダムからノアまでの10代の族長の中で最も短い寿命ではありますが、7が完全数であることを考えると、777歳で終わった彼の生涯は自己使命を全うしたと見ることが出来ます。自分が授かった啓示の御言葉が必ず実現する日を望み見て、息子ノアが箱舟を造っている時に、精一杯協力したはずです。レメクの人生は神の御心のために一生涯最善を尽くした完全な人生でありました。だからこそ神は、大洪水が起こる5年前、神が災いの前に(イザヤ57:1)、レメクを急いで取り去られたに違いありません。

XE Login