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 旧約と新約、聖書全体は「契約」によって成り立っていますが、神様の契約は天地が無くなるとしても、ひとつも欠けることがなく、必ず成就します(マタイ5:18, 24:35)。

 

1. 聖書全体の救済史は神様の契約を通して成されています。

 人はお互いに利益がなければ約束をしません。しかし神様の契約は人類にとって絶対有益なものですが、一方的です。だから神様はこれを「わたしの契約」(創世記6:18, レビ26:42, ローマ11:27, マラキ2:4)と語られました。神様は一度決められたことを後悔されることなく、約束された瞬間から天国に入る時まで、選ばれた民を彼の主権によって責任を持たれます(民数記23:19, ヘブル1:12)。このような神様の愛を、「お前たちを牧者の杖の下を通らせて、契約のきずなのもとに導く」(エゼキエル20:37 新共同訳)と表現しています。イエス様の十字架の血潮がまさしく契約の血です(マタイ26:28)。神様の救済的経綸の中で結ばれた契約は、救いに至らせる永遠の効力があります。ですから、わたしたちが神様の契約の中にいれば、命と平安を得ることができるのです(ローマ6:23, ヨブ4:7)。

 

 2. アブラハムは神様の契約の根にあたる人物です。

 アブラハムはイスラエル民族の血統的根源であり、信じる者の祖先であり、救済史的契約の根であって、全人類は彼を通してのみ、祝福を受けることができます(ローマ4:16, 23-24)。実際にアブラハムは大きな民族を成して祝福を受け、「列国の父」(創世記17:4-5)、「神の友」(歴代下20:7, イザヤ41:8, ヤコブ2:23)など、彼の名が大きくなりました。しかし創世記12:2の「祝福の基」は、原語で解釈すると、アブラハムは「祝福そのもの、祝福のかたまり」という意味になります。このような理由により、アブラハム(アブラム)は聖書の中で最も多く語られる名前となりました。また、新約の扉を開く最初の名前も「アブラハム」となっています。信仰による者はアブラハムの息子であり(ガラテヤ3:7)、アブラハムと共に祝福を受けると聖書は語っています(ガラテヤ3:9)。ですから、わたしたちもアブラハムのように「祝福のかたまり」になれるということを信じましょう。  

 

3. アブラハムの契約の中にはメシアに関する神様の経綸が含まれています。

 神様がアブラハムに祝福を与えられ、彼を覚えられる理由は、アブラハムと立てられた契約のためです。このような神様の救いの働きは、この世が創られる前からすでに計画されていました(エペソ1:4)。ですからメシヤがアブラハムから42代目にマリアを通して女の末としてこの世に来られました(創世記22:17-18, ガラテヤ3:16, 創世記3:15)。神様の契約は7度繰り返して固く念を押された「誓い」であり、ダビデに「誠実さ」を持ってなされた契約であるため、神様の主権によって必ず成就されます(詩篇89:49, 110:4, 132:11)。ですからイスラエルの民族は犯罪によって神様がお怒りになるたびに、アブラハムに誓った契約をもとに神様の哀れみを訴えました(列王上18:36, 歴代上29:18, 申命記9:27)。アブラハムの契約を覚えられることは、主の再臨によって救済史が完成する時まで継続されます。ですから契約の子孫である私たちは、自ら謹んで(共同訳-気を確かにして)この契約を覚えなければなりません(申命記4:23)。

 

結論: 神様はご自分を敬い、神様の契約に仕えて生きる人と民族、国には必ずその契約の通りに成され、人の子と真理によって応答されます(詩篇103:17-18)。信徒の皆さん、真なる信仰によって神様の契約を心に想い、消えることのない契約の祝福を受ける信徒になりましょう。 


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